死にぞこないの唄

一度死にかけて帰ってきました。

入院日記

*入院していた時に書いた日記です。その日その日あったことをダラダラと書いたものですので、細かい突っ込みはご遠慮ください。

 

八月某日

今日、T先生と面談。またノートを見ながら色々話す。とても優しい先生なので、色々と励ましの言葉をくれる。とりあえず退院の日を決める。来週の土曜日の午後。色々不安はあるが、これ以上いても出られなくなりそうだし。病院じゃなくても、家でも少しゆっくりしたいし、料理もしたい。病院の食事は私が食べられる優しが少ないので、もっと野菜が食べたい。
とりあえずは、衰えた体力を元に戻すことを考えよう。

八月某日

今日、ものすごく眠たかった。生理が近いからだろうか? 昼間、6時間は寝ていたような気がする。そのせいか体がだるい。肩や首がバッキバキに凝る。頭もぼーっとして、軽い頭痛もする。寝過ぎなんだろうけど、寝なかったら寝なかったで頭ボーっとするし、厄介だ。

八月某日

母と一緒に外出。カフェでデザートを食べて、デパートを歩く。欲しかったタイプのカバンが買えた。カフェのデザートも美味しかったし、満足。
昨日、今日と本を少しも読まなかったのが気がかり。無理をすることはないけど、やっぱり焦ってしまう。いけない。

八月某日

今日、T先生と面談。急だったからびっくりした。少し眠かったので水を飲む。また色々と話す。退院後の通院日とロールシャッハテストの予約をする。心理士さんが少ないらしく、10月になった。
退院の日時を決める。聞いたけど忘れたので、後で看護師さんに確認する。
お風呂に入るまでの間に人と話す。1才違いの人は少し変わっていたが、自分で自分のコントロールが利かないことに苦しんでいるようだった。夜にその人が自分の部屋に入ることを嫌がり、薬を飲むことを嫌がっているようだった。医療従事者でもない人間が首を突っ込むことはできないので、少し様子を見ていたが、ヤジウマのようだったのでやめた。早く彼女にも心穏やかに過ごせる日が来ますように。

入院日記

*入院していた時に書いた日記です。その日その日あったことをダラダラと書いたものですので、細かい突っ込みはご遠慮ください。

 

八月某日

母と一緒に外出する。デパートでサンダルを買い、ゴディバのチョコとチョコレートドリンクを頂く。バナナ味で美味しかった。それからたこ焼きも食べた。久しぶりにこってりしたものを食べた。
夜急に苦しくなる。息ができないほどではないが、胸と喉を締め付けられる感じ。未来を考えると苦しい。「ちゃんとしなきゃ」と思うとダメになる。遊んだり、楽しいこと、頭を使わないことならできるのに。どうしたらもっとちゃんとできるんだろう?

八月某日

昨日の疲れが残っていて、7・8時間は余分に寝た。やはり、思ったより体力が落ちているんだろう。運動したいけど、怠くてやる気が起きない。眠気が覚めたら本を読んだ。読みかけの本だったから一気に最後まで読んだ。こういう時は気持ちがいい。英文法の本も少し読めた、できれば入院中に読み終えたい。

八月某日

ホリエモンの本を読んだ。少しだけで自分の考えが変わった気がする。私は「普通の幸せ」にこだわり過ぎているんじゃないだろうか? 「普通の幸せ」が手に入らないなら、「普通じゃない幸せ」でもいいんじゃないだろうか。「幸せ」というもの自体よく分からないけれど、「普通」にこだわる必要はないのかもしれない。

八月某日

母と外出して、ランチを食べる。タンシチューを食べる。久々にお肉をがっつり食べた。食後にケーキも食べる。タンシチューもケーキもとても美味しかった。
母が帰ってから、本を3冊読んだ。ちょっとしたハイ状態だったのかも。英文法の本も約一時間読めた。歩いて疲れたので、今日はぐっすり寝れそう。明日の朝は起きていたいのだけれど、寝ていそうだ。

入院日記

*入院していた時に書いた日記です。その日その日あったことをダラダラと書いたものですので、細かい突っ込みはご遠慮ください。

 

八月某日

今日、T先生と面談する。今までの人生を書いたノートを見せて、色々と話す。
「ちゃんと行きたい」という文に「ちゃんと生きてますよ」と言ってもらえる。
「苦しむ過ぎるくらい苦しんできた」とも。自分ではあまりそう思えないけれど。これも「認知のゆがみ」なのだろうか? 色々考えてたら涙が出そうになる。

八月某日

「大人になりたい」とずっとそう思ってきたけど、本当は違うんじゃないだろうか? 私は子供に戻りたいんじゃないだろうか。子供に戻って、甘えて、泣いたりして抱きしめて欲しいんじゃないだろうか。母親に甘えても「鬱陶しい」と言われて、甘やかされた記憶がない。よく分からないけれど、愛着障害もあるような気がする。
少なくとも、私の成長は小学生の時にいじめを受けていたのに「助けて」を拒否された時点で止まっているような気がする。

八月某日

母が来る。THEというチョコの抹茶味を持ってきてもらった。ブルーベリー味の飴も持ってきてもらう。飴もあまり食べすぎはいけないが、食後にアーモンドと一粒食べるだけで満足感が全然違う。病院食はカロリーが高い割に腹もちが悪い。
髪を切ってもらう。髪が水分量が多くてキューティクルが細かいと褒められていい気分。傷んだ毛先を切ってもらって、シャンプーとブローをしてもらってだいぶすっきりした。毛先が傷んでいて、梳く時に絡まっていたから、暫くは大丈夫そう。
母と電話する。芦田、同伴外出で近くのデパートに行く話をした。ゴディバがあるらしいので、そこでチョコレートドリンクを飲みたい。こうやって、目の前の小さな楽しみを考えるのもいいかもしれない。
英文法の本を一時間ほど読んだ。英語を使った仕事をするのなら、もっとTOEICや英検で高得点を取らないといけないから、時間と気力のある時にコツコツと勉強しよう。でも、焦らずに。

入院日記

*入院していた時に書いた日記です。その日その日あったことをダラダラと書いたものですので、細かい突っ込みはご遠慮ください。

 八月某日

涙が止まらない。生きることを考えると苦しくてたまらない。
ちゃんと生きたい、大人になりたい。
このまま年だけ取っていくのかと思うと怖くてたまらない。
二十歳くらいの時も同じことを考えて怖かった。10年以上も経つのに何も変わらない。私は一体何をしてきたのだろう。全ては自分のせいなのだから、余計悔しい。
作業療法士の方に、退院後の仕事について話す。
「ペットボトルの仕分けとかどうですか」
と言われた。発達障害者や精神病の人間にはそんな底辺な仕事しかないんだろうか? えり好みをする権利もないんだろうか? 悲しくなった。

「モンスター」という映画を思い出した。主人公のアイリーン・ウォルノスは12歳の時から売春婦をやっていて、まともな教育も仕事もしていない。セルヴィーという同性愛者と出会い、彼女のためにまともな職に就こうとするが、やはり「底辺」の仕事しかない、彼女だって別に娼婦になろうとして娼婦になったわけじゃない。小さな頃から暴力を受け、家族を食べさせるためだ。ただレールから外れただけで「底辺」になってしまう。「アタマ」がおかしい人間には「底辺」しか用意されていないんだろうか。こう言ったら、「頑張ればなんとかなるよ」と言われるかもしれない。でも、「普通の人」が「普通」に手に入れる幸せを、病気になったとか、目に見えない障害があるだとか、頑張るべき時に頑張らなかっただとか、ちょっと「失敗」しただけで死ぬほど頑張らないといけないんだろう? 所詮レールから外れて、そこに戻れない悔しさや辛さを味わったことのない人間の言うことなんて空虚だ。

八月某日

27・8の時に死んでおけばよかった。あの頃にしんでおけば、こんな惨めな姿を晒すこともなかったのに。
今死にたいとは思わないけれど、「なんで生きてるんだろう?」という気持ちがある。生きていても辛い。

八月某日

母が見舞いに来る。ジュースを買ってもらい、お菓子を食べる。他愛のないことを喋るが、気晴らしになる。夜にまた電話したら、昨日に比べて声が元気だと言われた。
昨日の晩、同じ病室に入院していた人が、失禁してせん妄状態になったらしく、保護室に連れて行かれた。正直、ブツブツ言ったり、泣いたりして、鬱陶しかったから助かった。ドアを開けっ放しにして外の音が入ってきてうるさくされたし。
私も昨日、叫びたくなって、頭で壁を叩きそうになったが、しなくて良かった。してたら保護室行きだっただろうから。

入院日記

*入院していた時に書いた日記です。その日その日あったことをダラダラと書いたものですので、細かい突っ込みはご遠慮ください。

 

八月某日

午後のOTでは雑誌を読んでいたが、斜め向かいのおじさんがずーっと「過去に遡求して」「よしのさくみはわしが汚した」「皆に知れわたっとる」と繰り返していて、正直ウザかった。病院だから皆おかしいから(自分も含めて)、「怖い」はないけど、よく同じことをずーっと喋っていられるな、と思う。

八月某日

早々にCDプレーヤーの電池がなくなる。まさかこんなに早くなくなるとは。充電式の電池を持ってきてもらって、充電は詰所でしようとおもう。音楽がないと暇なとき辛い。

昔は小説のアイデアがどんどん生まれて、ポンポン出てきたが、年のせいか薬のせいか、殆どそういうことがない。悲しくて寂しい。

八月某日

作業療法士のUさんとOさん(入院患者)と話をした。午前中のOTに参加しなかったので、声をかけてくれたようだった。ビートルズの曲を聴きながらお喋りをした。私が一方的に喋っていたような気がする。気を付けても中々直らない。Oさんが眠くなったので解散。今日は晴れているのに、私もぼーっとしている。睡眠も十分にとっているはずなのに、5・6時間は寝た。

八月某日

寝ている最中に頬を撫でられた感触がしたので、びっくりして起きても、周りに誰もいなかった。また、何か声をかけられた感じがして、声が文字になって、うなじの辺りにピタリと貼り付いた。幻覚だろうか。ただ寝ぼけていただけだろうか。

八月某日

母が見舞いに来る。セブンイレブンで買ってくれた和スイーツを食べる。電池を持ってきてくれたので、カメラ雑誌を読んだ後、ずーっと音楽を聴く。ずーっとCDプレーヤーの文字盤(?)を見ていたら、視界の周辺がぼやけてきた。目が変な感じになる。上にひっつれる感じと言えばいいだろうか。目が疲れたのかと思い、目をつむるとまぶたがブルブルと震える。仰向けになり、目を上向かせる感じにしたら楽になった。これを書いている最中は変な感じはしなかった。
目をつむっている時に目を押さえたら、まぶたではなく、眼球が震えている感じがした。
鏡に映っている自分を見たら変な感じがした。目を見て、瞳に映る像を見ている感じで、気持ち悪い。

入院日記

*入院していた時に書いた日記です。その日その日あったことをダラダラと書いたものですので、細かい突っ込みはご遠慮ください。

 

八月某日

母が見舞いに来てくれた。プリンを持ってきてくれたが、スプーンが付いていなかったので蓋で食べた。昼食のデザートがプリンだったのが返す返すも残念。

八月某日

看護師さんが来てくれて、色々話を聞いてくれる。話すことで少し心の整理がつくような気がした。でも、やっぱりどこかで自分は幸せになれない、幸せを望んではいけないと思ってしまう。死ぬほどがんばらないと人並みの幸せが手に入らないなんて辛い、不公平だ、と思ってしまうのはいけないことだろうか。

八月某日

兄も見舞いに来てくれた。保健福祉士さんと年金について相談してもらった。CDプレーヤーを買ってもらったので、ずっと音楽を聴いていた。その内二人が帰ってきて、医者と母が面談しなければ解らない、と言われたそうだ。少しでもお金が貰えるといいのだけれど。

八月某日

カラオケで星野源の「恋」を歌った。意外に難しかったし、お腹から声が出なかった。今度はBLUE HEARTSの「少年の詩」を歌いたい。下手だけどストレス発散になるし、楽しい。

入院日記

*入院していた時に書いた日記です。その日その日あったことをダラダラと書いたものですので、細かい突っ込みはご遠慮ください。

8月2日の夜、私は自殺企図した。

少し鬱状態の時に「もっと頑張らないと」「人生詰みかけてる」と言われ、「死にたい」と言ったら、「現実逃避でずっと死にたいと思ってたら生き地獄だよ」と言われ、生きても地獄、死んでも地獄なら、死ねばいいと思うようになった。

ちょうどその時、病院に行ったが、前の担当だった医師が辞め、新しく赴任する医師が担当になるはずだったが、諸事情によりまだ赴任していなかったので、代理の医師に。その医師に「死にたい、辛い」と言ったら、ただキーボードを叩いているだけで、こっちの顔も見ず、何も言わず、「じゃ、お薬ね。もう行っていいですよ」と言われただけだった。「死んではいけない」と言われても自殺していたかもしれないが、医者にすら心配されない人間なんだと思ったら悲しくなり、自殺の医師が固まる。帰りに酒を買い、それで大量の睡眠薬を流し込み、バスタブに横たわり、水を貯めながら意識を失った。

昔読んだ小説に「睡眠薬を飲み、バスタブに水を貯め自殺した」というエピソードがあったので、それなら意識のない間にそう苦しまずに死ねると思い、その方法で自殺しようとしたのだった。

まるでテレビの画面が真っ暗になるように目の前が真っ暗になった。

途中、鼻の奥に痛みを感じたが、それ以外には何もなく、目が覚めるまでは一瞬だった。気が付けばベッドに横たわり、見知らぬ天井を見上げていた。少し暗く、暫くしたら電気がついて、母が来た。母は「ごめんね」と言った。私も何か言ったが、覚えていない。多分、私も「ごめんね」だったと思う。丸1日意識がなかったという。「ああ、生きてたんだな」と意識がはっきりした時に、それだけ思った。悲しくも悔しくもなんともなかった。

それから精神科の医師や看護師に自殺の理由を話し、歯を磨き、導尿されていた管を抜き、用を足し、服を着て、別な病院に行った。兄が来てくれて病院へ連れて行ってくれた。仕事を休んできてくれたのだろう。申し訳なかった。

病院は通院している病院だった。話を聞いてくれたのはあの医師ではなかった。結構長く話を聞いてくれたし、優しい先生だった。母や兄が準備をしてくれていたので、私はただ入院するだけでよかった。前にも3度ほど入院したが、その時は任意入院で開放病棟だったが、今回は医療保護入院で、閉鎖病棟だった。まあ、事情が事情なので仕方ないな、と思った。入院する際に荷物を調べられた。刃物が持ち込めないことは知っていたが、ベルトも持ち込めないのは少し驚いたけれど、考えれば理由は解った。iPhoneが持ち込めないのが辛かった。

それから色々説明され、病室に。4人部屋だった。

母と兄が帰った後、ボーっとしていた。薬のせいもあるだろう。せめて感情だけでも死んでくれればよかったのに、「自分は色んな人に迷惑をかける要らない人間」という思いが止まらず、泣いた。

「死にたい」という気持ちはないが、「生きるのが辛い」という気持ちはなくならなかった。

夕食を食べた後はひたすらボーっとして、消灯まで待ち、寝た。

でも、2時くらいに目が覚め、またボーっとしながら朝を待った。

よく、臨死体験などで死者に会い「まだ来るな」と言われ引き返したら生き返った、というのがあるが、私は父にも大好きだった母方の祖父にも会わなかった。ただ真っ暗だった。