親は一億パーセント間違っている

怒りを抱えている方、それを自覚していない方、一緒に怒りましょう!

統合失調症と脳貧血

こんにちは、呉田・アングリー・美歌です。

先日脳貧血らしき症状を起こして倒れて救急搬送された私ですが、これって統合失調症と関係あるかな? と思って軽く調べてみました。

https://www.google.co.jp/?gfe_rd=cr&ei=YdfGV9LUD86Q8QeXj5iwDA&gws_rd=ssl#q=%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A4%B1%E8%AA%BF%E7%97%87+%E8%84%B3%E8%B2%A7%E8%A1%80

薬が関係している可能性があるみたいですね。

過鎮静とかでそうなっちゃうらしいです。

薬飲むまでは軽い立ちくらみはあっても、倒れることはなかったですから。

救急で運ばれた先の医者にお薬手帳を見せたら、

「たくさん薬飲んでるんですね」

と言われたんで、やっぱり多いのでしょうか。

一時期に比べれば随分減ったんですけどね。

今週はちょうどGWなんで来週が通院の日があるんですが、その時に医者に言ったほうがよさそうですね。救急搬送されたことも。

でも、ネットで薬の種類調べたら、副作用や依存性の強くない薬なんで、医者もそこら辺は気を遣って処方してくれているようです。

ジプレキサって薬を飲んでいた時は、体がだるくて頭もぼーっとしていて、何より食欲が異常に出ていました。バナナ一本時間かけて食っても、食べたくなるんですよ。別名「デブ薬」と呼ばれているのが分かります。拒食症の人に処方されるくらいですから。止めたら異常な食欲も倦怠感もなくなり、だいぶ楽になりました。

薬変えてみるのも一つの手かもしれません。

私がボノを嫌いな訳

こんにちは、呉田・アングリー・美歌です。

あなたはU2をご存知ですか? 知っても知らなくても、どっちでもいいですが、私はこのバンドのボーカルのボノという人が大っ嫌いです!

なぜならダサいから。

10年ほど前でしたっけ、ライブ8とかって、全世界で同時にライブやってそれでアフリカの貧困を救おうとかってイベントがありました。それの中心人物でしたよね。それに出ていたミュージシャンは豪華で、イベントとしては面白いと思いますが、音楽で世界を変える、世界を救うだなんて、傲慢もいいところです。音楽とか芸術が変えられるのは個人であり、それにより地道にいい世界にしていけたら、という謙虚さが必要でしょう。何より、10年前とはいえ、2000年代にもなって、

「お歌歌ってランランラン♪ 皆で歌って皆幸せ♪」

という、音楽が力を持っていた時代の思想そのままに行動しているのがイタくてダサいです。

このライブ8とかってイベント、やってる時は皆盛り上がってましたが、終わった後にどれだけの収益があり、どれだけのお金がアフリカに行ったのかを注目している人は、私が探した限りでは、いませんでした。

ただ単にアフリカの飢えている人たちをだしにしたオナニーショーでしょう。

ファンが好きな人のオナニーを見て喜ぶのは分かります。ですが、ファンではない人間からしたら、どうしてボノという大してイケメンでもないオッサンのオナニーに付き合わなければならないのでしょう?

ま、まだこの人が自分の音楽活動に関することにだけのみでアフリカアフリカ慈善慈善と言っているのなら、この人の音楽活動をシャットアウトすればいいだけの話ですが、この人は小賢しい知恵が回るのか、政治家に働きかけてアフリカに金を出させようとするのですから、始末が悪いです。

そして、この人は自分が国や一般人に金を出させているにも関わらず、自分の金は出さず、脱税までしています。そこが私が嫌いな理由の一つです。ノブリス・オブリージュとか小難しい言葉を出したくはありませんが、人に金を出せと言うのなら、自分が先ず金を出して見本となるべきでしょう。

それに、何かの本で読んだのですが、

「慈善は一見尊い行為のように見えて、実は慈善を施す側が施される側を見下して行う行為のことがある」

と書かれてあり、その「施される側を見下してる感」をボノからバシバシ感じるのです。

「あー、こんな風に一国まで動かしてアフリカの可哀相な貧乏人救うために金出させちゃう俺かっけえ!」

みたいな?

こんな「高貴な連中」に顔面に叩きつけられる「お情け」がどれだけ屈辱的で、それをどんなに屈辱的だと感じていても、それに縋って生きていかなければいけない弱い人間の屈辱を、この男は分かっているのでしょうか?

ミュージシャンとしては一流かもしれませんが、慈善家としては糞でしょう。人間としても糞だと思いますね。

この私のボノ嫌いを加速させるのが一部(あくまで一部です)のバカなU2及びボノファンです。

私がSNSで、「このオッサン嫌い、不愉快」とボノに関する不快感を表しただけで、

「彼は立派なことをやっている」「偽善も善」

などと歯の浮くような戯言を書き込んでくる人が来て、うんざりしました。

中でも、二人ほど大馬鹿がいて、

「彼はちゃんと自分のお金を寄付していますよ。英字新聞でも読んで調べたらどうか」

と、

「あなたは間違っている。だから、あなたが間違っていることをあなたが証明しなさい」

と言ってくる奴や、

「ボノの影響で寄付をするようになった」

と、「お、少しは地に足の着いたことやってる奴いるじゃん」と思ったら、

「あなたのせいで慈善や寄付をバカらしいと思う人が出てきたらどうするんですか?! その人が救うはずだった命をあなたが殺したことになるんですよ!」

と、一回も交流のない人間に対して「人殺し」と言ってくる奴がいて、私を大いに呆れさせました。

で、もしかしたらこんな風に噛みついてきた奴だけがバカで、他はまともかも? と思ってネットを見てみましたが、

「ボノはノーベル平和賞にノミネートされた。だから偽善じゃない」

「炊き出しだってやってる、頑張ってる」

「ボノの言うことはファンにしか届いていないけど、ボノもそれを知ってるからいいんだもん!」

と、「ああ、教祖がバカだから信者もバカなんだな」と思わざるを得ない人たちばかりでした。

気持ちは分かりますよ。好きな人を批判されたり、後ろ暗い所を突かれたら何か反論して庇いたくなるの。でも、好きな人でも間違っていることは間違っていると批判するだけの知的公平さは持つべきでしょう。

「ファンはアーティストの鏡」という言葉があります。ファンの人は自分たちの言動がボノの評判に繋がっているということをもっと考えて言うべきでしょう。

まあ、私も一応、全部が全部こんなんだとは思っていませんよ? まともな人もいるでしょう。そういう人はこんな風にバカなことを言わずに、恥を知っているので、黙っているのだと思います。

私がネットニュースで見たものですが、バンクーバーオリンピックが終わった後に、

「ミュージシャンとアスリートの感動秘話!」

という感じで、浜崎あゆみ浅田真央ちゃんのことが書かれていました。

真央ちゃんが浜崎あゆみの歌が好きでコンサートに行ったり、それを知った浜崎あゆみが真央ちゃんにサイン入りのCDを送ったり、真央ちゃんはオリンピックの時に浜崎あゆみの歌を聞いて本番に臨み、銀メダルを取った。

要約すれば大体こんな感じだったと思うんですが、この記事の書かれ方が

浜崎あゆみの歌の力「だけ」のおかげで真央ちゃんは銀メダル取れました」

という書かれ方だったのです。

私は「はい?」と思いました。

家族・友人・コーチ・スポンサーが普段から真央ちゃん応援してるし、オリンピックの時は日本中が真央ちゃんを応援していた。何より、必死に努力して銀メダルもぎとったのは真央ちゃん自身。なのになんで歌送っただけの浜崎に銀メダルって美味しい所だけ持っていかれなきゃならないの? と。

更に私が呆れたのは、ファンの反応で

「ぁゆってすごぅぃ☆」

と、見るだけで目が痛くなるような絵文字&ギャル文字で、特に浜崎あゆみのファンに偏見はなかった私ですが、

浜崎あゆみのファンってこんなんばっかなの?」

と思いました。

念のために言っておきますが、冷静な物の見方をしているファンもいたし、私が浜崎あゆみに批判的なことをSNSに書いたら、そのコメントで

「私あゆファンだけどあなたに賛成! こういうのイメージ悪くなるからやめて欲しい!」

というファンもいました。

まあ、SNSとかで「ぁゆってすごぅぃ☆」という人が繋がっているのに一人でもいたら、批判的なことは書きづらいでしょうしね。

一見ボノと関係ないように見えるこの浜崎あゆみのネットニュースとファンの反応ですが、ボノの音楽に一切関心のない私からしたら、ボノのやっていることに無批判で

「ボノってすごぅぃ☆」

と言っているファンは同列です。浜崎あゆみといったJPOPの売れている人は洋楽ファンからバカにされがちですが、音楽の質はともかく、ファンの質に洋楽も邦楽もないことが分かります。

バカほど大声で吠え、賢い人ほど黙るか、言うにしても言葉を選んでいます。

あー、でも、もしかしてそれって日本だけで、海外は違うのかも? 慈善とかに関する考えが日本とは違っているのかも? と思い、英語で探してみたら、これを発見して読んでみて笑いました。日本とほぼ同じなんですよ、言ってるの。

Why Do Most People Hate Bono So Much? / Music Forum // Drowned In Sound

まあ、そりゃそうですよね。金たんまりと貯めこんでる金持ちが金出さずにいればムカつきますわな。

庶民の暮らしなんてどんな国だろうが「かつかつ」で、自分や家族が最低限の衣食住を手に入れて、子供に最低限の教育受けさせるのに必死で、名前も知らない貧乏国の貧乏人なんて知ったこっちゃない、というのが本音でしょう。

別に私はアフリカの貧民救いたいなら勝手にすれば、と思いますが、彼の出身地のアイルランドは政治経済ガタガタ、就職率も低く、皆未来に希望を持てず、ローティーンの年代から酒やドラッグにはまってしまう率がものすごく高いのです。

遠い国のアフリカの貧民を救うことは尊く、自国の貧民を救うことは尊くないのでしょうか?

これは日本の若者にも言えますが、他国の貧乏人を救う前に自国の貧乏人を救うべきでしょう。どこにでも困っている人はいます。

マザーテレサも、日本人はインドより日本の貧乏人を救えと言っています。

ブラック企業に使い倒され、自分は生きているのか実感できず、周りの人間も幽霊みたいで、心身を疲弊させて、自分も他人もごみのように感じている人たち。

世界の政治事情により見捨てられ、日々の食事に飢え、渇き、ゴミの中でゴミのように死んでいく人たち。

そのどちらがより救われるべきか、私には優劣がつけられません。

少なくとも、自分が呑気にラブ&ピースを歌っている間に自分の大切な人が自殺する可能性を考えるべきではないでしょうか?

 

愛と言う名の暴力

こんにちは、呉田・アングリー・美歌です。

よく、「愛ある鞭」とかって言いますよね。それって、暴力を振るう側の勝手な論理だと思います。そりゃあ、人に怪我させたり、意地悪をして傷つけるようなことをしたら拳骨の一つも必要かもしれません。ですが、やる気がないとか、無気力とかというので、「闘魂注入」とばかりに暴力を振るうのは、ただ単に指導者が自分の指導力不足を露呈しているとだけだと思います。

よく、「今の子はちょっと怒鳴ったり、拳骨したくらいでやる気をなくす」と言いますが、そりゃそうでしょう。失敗したりしたら、自分だって、ああ失敗したと思い落ち込むのですから、そんな時に

「なんだあの失敗は! 本当にお前はダメだな!」

と、いくら叱る側が「強くなって欲しい」と思って言ったとしても、落ち込んでいる気分に追い打ちをかけるようなものです。

前にも書きましたが、数十年前は、まだ共同体が機能していて、先生に拳骨を落とされても、近所のおっちゃんやおばちゃんが「そんなの気にするな!」などと、フォローしてくれる体制がまだあったから、暴力や、脅しのような指導(これを指導とは呼びたくないですが)でも、なんとかなっていたのです。

沖田×華さんが、

モンスターペアレンツというのが増えているのは、自分が子供のころに理不尽な扱いを教師から受けて、そのせいで教師に不信感や憎しみを持っている親が増えたからじゃないのか」

と仰っていましたが、私もそう思います。

「愛があるから暴力でも相手は分かってくれる」

というのは、

「愛あるレイプだからいいんだ」

と言っているようなものだと思います。

愛があろうがなかろうが、暴力を受けたほうからしたら、ただの暴力です。

子どもといえども自我があるのです。何となく理不尽な扱いを受けたと思っても、周りが

「お前が悪いからだよ!」

と言われると、「自分が悪いのかな?」と思いつつも、どこかで、「いや、自分は悪くない」という思いがあり、そこで苦しい思いをするのです。

子どもにやる気を出させる方法は色々あるでしょうが、私が本やコンサルで学んだのは。ああしろこうしろと教える側が指示するのではなく、子供や生徒に問いかけ、

「こういう場合はどうしたほうがいいと思う?」

と、子供や生徒自身に考えさせる、という方法だと思います。

勿論、それに助言をするのは必要ですが、重要なのは自分で考え、自分で答えを出すということです。

今、日本の国力が低下しているのは、そういう、上から教えられたことばかりを何も考えずに飲み込んで、自分で考えるという訓練をしていないからだと思います。それでは新しいアイディアや、楽しく仕事しようという自律性を持った大人は生まれないでしょう。

子どもはただ大人の言うことを聞いていればいいという考え方は間違っていると思います。

救急搬送+足首捻挫

こんにちは、呉田・アングリー・美歌です。

昨日はブログ休んじゃいましたが、実は救急車で病院行って、疲れてたからです。

病状というか、特に脳や心臓や血液に異常はなかったのですぐ帰ったんですが。

料理の準備をしていたら、卒倒してひっくり返って、母が

「手が痙攣していた気がする」

と言って心配していたので、救急車を呼んで、病院に行きました。真っ直ぐになったまま後ろに倒れ、呼びかけにもすぐ応えなかったらしいです。

救急車は呼んだらすぐに来てくれて、隊員さんもきびきびした対応で、手を握ってくれとか、名前はなんですか、とか訊かれました。

四人がかりで運ばれて、ストレッチャーに乗せられて、救急車に。

救急車は思ったより狭くて、私一人の幅と、もう一人座る幅くらいしかなかったです。なんか色々機械があって、指先にクリップみたいなのを挟まれて、血圧を測られたりして、機械に自分の血圧や心電図が出てるの見て、不謹慎ながら、「ドラマみたーい」と呑気に思っていました。

それから病院に到着して、救急治療室へ。先生や看護師さんに名前を確認。光で瞳孔の開き具合とか、指を見るとか、マジで「あー、ドラマだー。テレビで見るのと同じだー」とまた呑気に思っていました。

血液検査と点滴を打たれることになったんですが、デブ+血管細いらしいせいか、中々針が血管に入らず、入っても血が出てこなかったり、点滴が入らなかったりで、三か所針刺されました。しかも、よく聞く「針を入れられた後に血管を探られる」というのやられまして、かーなり痛かったです。まあ、私がデブなのがいけないのですが。

脳のCT撮って、心電図とって、血液検査の結果、特に異状はなし。どういう病気(という言い方が適当かは解りませんが)かは言われませんでしたが、多分、脳貧血だと思います。

「経過観察で入院する?」と言われましたが、大丈夫そうだったので、点滴も途中でやめて帰りました。

今日も特に異常なしなので、多分大丈夫だと思います。

 

それと、昨日こけて足首を捻って、捻挫しました。

昨日、病院から戻るまでは何もなかったんですが、夜になったら痛み出して、今日は歩くのがすごく大変でした。歩けないので、母に車で近くの接骨院まで送ってもらいました。

そこで診てもらったら、早くても治るまで三週間かかると言われ、ショック!

なぜなら明日、好きなミュージシャンのライブに行く予定だったからです。足を曲げて歩けるなら行こうかと思ったんですが、どんな風に歩いても痛くて仕方ないので、断念。

ライブ自体は座って見れるのですが、そこ行くまで結構歩かなきゃいけないので。

あー、悲しい!

家の中での移動も大変なので、祖母が使っていた杖を使っています。

これで、ちょっとだけ年寄りの気持ちが解ったような気がします。

人は見た目が100%

こんにちは、呉田・アングリー・美歌です。

この題名のドラマをやっていますね。主演が美人女優なので、ちょっとモサくして、綺麗になってよかったね、で終わりでしょ、と思って見る気は一ミリも起きませんが。

ですが、この言葉はある意味で気持ちいいと思います。

確か、「人は見た目が九割」とかって本ありましたよね。あれって、「一割は違うからね!」て逃げてるのが丸分かりですからねえ。どうせなら100%くらい言い切ったほうが気持ちいいと思います。

一応、私は人は見た目が全てではない、と思っていますが、恋愛面においてはほぼ100%だと思います。特に女性はそうです。女性が見た目で選ぶ、ではなく、見た目で選ばれる、という意味です。

「でもブスだって結婚してるじゃん」

と言われるかもしれませんが、結婚となると、ただ単に「可愛い」「綺麗」だけではなく、「一緒にいて落ち着く」とか、「自分程度にはこのくらいの女がお似合い」という妥協であったり、「家事ができるか」「子育てできるか」という「能力」の面も見られるので(このように「お手伝いさん」を雇うがごとく結婚を決めるのはいかがなものかと思いますが)、見た目が全てではないでしょう。

ですが、恋愛においては、見た目がかなりのウエイトがあります。

それが悪いとは言いません。私だって、デブでチビで清潔感のないキモメンより、俳優並みのイケメンとは言いませんが、清潔感のある爽やかな男性がいいと思いますから。

長い目で見れば見た目だけではダメでしょうが、合コンで北川景子似の美女と、山田花子のような女性がいれば、絶対に皆北川景子に行くでしょう。

そういう時にブスに寄ってくるのは美女に相手にされない一番不細工な奴です。それか、「この程度の女ならやれるだろう」と思っている奴です。そういう時の惨めさは経験した人にしか解らないでしょう。

「ブスなんだからそのくらい我慢して妥協しろよ」

と言われるかもしれませんが、それ自体がブス差別です。ブスでも、勉強したり、努力をして、それなりに矜持を持っています。それをただ、「見た目」という、「生まれ」で、自分の努力ではどうにもならないことで踏みにじられるのです。

私も経験しましたが、集団面接で私のようなモサい不細工は申し訳程度に質問され、可愛い子は突っ込んだ質問をされていて、明らかに私のことなんてスルーでした。その時の悔しさたらなかったです。

よく、「ブスは内面を磨け」と言いますが、糞喰らえですね、この言葉。

ブスはブスというだけでその内面を見て貰えない、という残酷な現実を無視し、「ブスだからモテない、愛されない」という不満を圧殺しようという言葉だからです。

確かに、全て見た目のせいにして努力を怠るのはいけないでしょうが、実際ブス差別は根強いのですから、それを無視して、個人の努力不足にするのはいかがなものでしょうか? 内面を磨く努力を放棄したくなるほど見た目で差別される現実を皆もっと認識するべきです。

それなら、「人は見た目が100%」と、内面より外面を磨くほうが手っ取り早いでしょう。同じ1000万かけて留学したり習い事をしたり本を読んだり資格を取って内面を磨くより、全身整形してスタイル抜群の美女になったほうがよっぽど効果抜群です。

第一、内面、内面、と言いますが、内面て何ですか? 知性ですか、気づかいですか、優しさですか。

「見た目」ですら個人の好みが分かれるのですから、「内面」なんてもっと好みが分かれるでしょう。んな訳の解らないもんを磨いたって効果薄いんですから、やる気出るわけないのが、どーーーーーーーーして解らないんでしょう?

ま、こういう奴らって「自分より劣った奴に正論言っていい気分したいだけのオナニー野郎」でしょうから、私は「お前こそ人に言える顔か、バーカ!」と思っていますが。

こういう奴らにこそ芸能界に入って、自分より美しい人が沢山いう状況に放り込まれ、テレビで「こいつブスwww」と言われて、ブスがどんな目に遭っているか分かって欲しいものです。

何も言えねー

こんにちは、呉田・アングリー・美歌です。

明日が二次面接です。緊張はあんまりしていないんですが、やっぱり何話せばいいのか解らないです。

まあ、訊かれたこと答えるしかないですよね。

バカだから仕方ない! と開き直っていくしかないでしょう。

バカ正直とバカは同じですがね。

昨日のブログでも書きましたが、こういう、嘘ではないけど本当でもない、みたいなこと言って、自分を良く見せることってすっごい苦手です。

自己アピールしなさいと言われても、何アピールすりゃいいの? と思います。

もうちょい考えれば、自己アピールという名の、「あなたは私の会社に何してくれるの?」ていう問いかけへの答えなんですけど、そこまで頭が回らず、ただ単に、

「私ってこんなにすごいんですよ!」

みたいなことばっか言っちゃうんですよねえ。

これってやっぱり、発達障害のせいなんでしょうか?

昔っから、自分のことばかり話す癖あるんで、本当になんとかしたいですよ。

普通の会話で緊張してないなら、聞き手に回ったり、相手に質問したりして、それなりに喋れるんですけど、こういう改まった場になると全然ダメ。

後、面接で苦手なのが、「何か質問がありますか?」ていうの。

ぶっちゃけ言っちゃえば、「給料それなりに良くて死ぬほどきつくなさそうだから来たから、しらねーよ」て感じなんですけど、それ言っちゃおしまいだから言えないですけど、今回は塾だから、「どんな生徒さんが来られるんですか?」が無難なところかなー。

最初にそれ説明されたらアウトだけど。

あんまり意地悪な質問されませんように。

言葉にできない

こんにちは、呉田・アングリー・美歌です。

この前受けた塾の講師の一次面接は受かり、二次面接が水曜日にあります。

2時間くらい時間取られるらしいんですが、二次面接は特に試験とかないらしいんで、2時間なに喋りゃいいんでしょう?

まあ、訊かれたことを正直に答えるしかないでしょうね。

バカだから嘘つけないし。

それに、私統合失調症の認知機能障害からか、物忘れ、というか、話に整合性をとることがすごく難しい。

話し出して、急に話題変えちゃうとか頻繁です。このブログ書いてても、よく話外れますからねー。割と推敲できる文章ですらそうなんですから、長々話してたら、自分で

「私何言ってるの?」

て、自分で自分が解らなくなることが度々。

特に、面接とかで、ありがちな「志望動機は?」みたいのだったら、それなりに答えられるんですけど、「あなたはやる気のない生徒さんにどうやってやる気を起こさせますか?」みたいな質問されたら、多分、訳のわからないことをダラダラ言いそうな気が。

自分で自分の言ってることが分からない。最近、なんでもコミュ力コミュ力って言われてて、私のような人間には地獄のような時代です。

じゃあなんで塾なの? 塾ってコミュ力要りそうじゃん、と言われそうですが、発達障害精神障害のコミュ障って、言葉の裏が読めない、みたいなのが多いんですよ。

で、塾って、生徒さんの要求って比較的はっきりしてるんですよ。

「この問題分かりません」「これってどうやって解いたらいいんですか?」

みたいな。保護者の方との面談はしたことないですけど、多分、親御さんのニーズもはっきりしてて、

「うちの子の英語勉強させてください」「数学をなんとかしたい」

みたいなのだと思うんですよね。そんな風にニーズがはっきりしてたら、それなりに対応できるんです。

以前、携帯ショップの店員みたいなのの面接受けに行って、

「うちには「スマホ持ったほうがいいんですか?」みたいな人が来ますが、それに対応できますか?」

みたいなこと言われて、向こうが求める条件と私が違うのもありましたが、それは無理だなと思って、辞めておきました。

発達障害とか精神障害のある人は、嫌いな言い方ですが、所謂「空気を読むこと」が苦手です。

でも、「空気」がはっきり「言葉」にされれば対応がなんとかできます。

もし、発達障害精神障害ある人の対応に困っている人いたら、「これくらい分かるだろう」と思わず、はっきりと直裁な言葉で伝えるようにしてみたらいいと思います。

お互いに不要な「怒り」「不満」を持つことのない世の中を願っています。