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親は一億パーセント間違っている

怒りを抱えている方、それを自覚していない方、一緒に怒りましょう!

憎む権利

こんにちは、呉田美歌です。

中学生のころ、不登校でした。

私は小学生の時から学校が嫌いで嫌いでたまりませんでした。今思えば、発達障害から来る不適応だったと思います。勉強はそれなりにできましたが、人間関係が上手く行かず、高学年のころはばい菌扱いされていじめられていました。

その時は本当に学校に行くのが苦痛でした。なのに、親は無理やり学校に行かせました。

中学校に入っても周りと上手く行かず、学校に行くのが嫌でした。その時に教師の一人が親に、「無理に通わせなくても」と言ったら、行かなくて済むようになりました。

その時から私は親を信用しなくなりました。私がいじめられてるから学校に行きたくないという必死の訴えを無視して無理やり学校に行かせたのに、教師の言葉であっさり学校に行かせなくなったのです。私は当時自殺も考えていたくらい追いつめられていたのに、その子供の言葉ではなく、教師の言葉という「世間体」を維持できるもののほうならば信じる人たちだったからです。

まあ、学校行かない間もグチグチ言われましたけどね。

「あの子は若い時間を無駄にしてるのよ」とか。

あんたにとっては無駄に見えても、私には無駄じゃない! とその時の私は言いたかったです。

こういうことを言うと、「親を恨んじゃいけない」だの、「親だって必死だったんだから」だの、「ちょっと言われたぐらいで」だの、「正論」を言ってくる人がいますが、クソくらえです。それはあんたがたまたまいい親に育てて貰えただけか、それかいい親じゃなくても、それを乗り越えられる強さをたまたま備えていただけであって、「運」がよかっただけです。

運や力のない人間を、それに恵まれた人間が恵まれていることに気づかないまま吐く「正論」がどれほど無神経で人を傷つけているか。

私はそういう人間が大嫌いです。

これを読んでいる人にもいじめられたとか、親に無神経な言動をされて傷ついた方もいると思いますし、そういう人たちを追いつめるのが「親を恨むな」「恨むのは不毛」という、「被害者」にのみ「配慮」を求める「正しい人たち」の無神経な言葉です。

どうして傷つけられた人間が一方的に「優しさ」を発揮することを求められなければいけないのでしょうか?

親子だから、子供だから許されていますが、それがもし成人した大人同士の付き合いだったらどうでしょう? 「いじめ」というので軽く済まされがちですが、やっていることはりっぱな恐喝や暴行でしょう。「親のやったことなんだから」と言われても、セクハラやモラハラはゆるされることなのでしょうか?

私の知り合いに40代後半の女性がいますが、「親にこうこうこういうことされて本当に嫌だったのよ。だから自分の子どもには絶対にしなかった」という方がいます。

これも「正しい人たち」からすれば、「40にもなってまだ親を恨んでいるのか」と言いますが、親に傷つけられた記憶はそれほど深いのだということを彼らこそ知るべきでしょう。

作者の名前や作品の名前を忘れてしまったのですが、昔読んでいた漫画で、風変わりなカウンセラーが風変わりな方法で患者を癒す、という漫画がありました。

その中で私がよく覚えているのは、40代の女性の話です。

その女性は40代になるのにまともに男性と付き合ったことがなく、今もアプローチしてくる男性がいて、それが嫌じゃなくてちゃんと応えたいけどどうしたらいいか解らない、ということでカウンセリングに来ます。

色々話を聞いたカウンセラーはある日イタコを呼び、死んだ母親の霊を降霊させ、母親と患者を対話させようとします。女性は「ふざけたことを」と帰ろうとしますが、イタコが

「お母さんの言うとおりにしてよかったでしょ」

と言うと、女性は泣き叫びながら言いました。

「何が「お母さんのおかげよ」よ! あんたの言うとおりにしてたらこの年になっても一人よ! 全部あんたのせいよ! ふざけるな!」と。

そうやって泣き叫んで母親への怒りを自覚することで、女性は自分を縛っていたものから解放され、アプローチしてくる男性にも応えることができ、新しい人生を歩み始める、というものでした。

読んでいた時は中学生くらいでしたが、なぜか心に残るエピソードでした。

40になろうが50になろうが、親が土下座して謝ろうが、親にされた傷は癒えないのです。イジメも同じです。

それが親に傷つけられたことのない人たち、それを乗り越える強さに恵まれた人たちには解らず、無神経な「正論」を吐き続ける。

反吐が出ます。

私は言いたいです。親が憎い人たち、自分をいじめた人間を許せない人たちに。

「ゆるせ」なんて言う心の痛みが解らない人たちの言うことなど気にするな、憎み続ける権利が私たちにはあると。それの何が悪いの?と。「負」の感情を元に行動し続けることの何が悪いのでしょう? 何度も言いますが、それが解らない人たちの「正論」なんて唾棄すべきものです。

憎みながら生きていく方法しか残されていない人間の気持ちを解らない人たちとは離れて生きていきましょう。

 

PDFを作ったので配布しています。

発達障害を持った子供を持つ親子がどうなるかを小説で書きました。

バッドエンドですが、私としては読んでもらう方にこっちのほうがいいと思ったので。

もし、安易にハッピーエンドにしたら、あなたに「頑張ればどうにかなる」という誤解を起こし、現実から目を逸らし、あなたの子育てや人間関係が上手く行かなくなり、人生が楽しくなくなる可能性があります。

バッドエンドにすることで、あなたの中にある負の感情に気づき、向き合い、「子供を可愛いと思えなくなることがある」「子育てがしんどいことがある」ということに気づき、子どもとしっかり向き合えるようになり、子育てが楽になり、あなたの人生が楽しくなります。

https://ws.formzu.net/fgen/S75281705/

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