死にぞこないの唄

一度死にかけて帰ってきました。

雑記

今日は10時過ぎに起きる。よく寝れた。

朝食は、水菜とモヤシの味噌汁、ダイコンの漬物、ブロッコリーの卵焼き、キャベツハンバーグの残骸、パン、ミカン、大根おろしヨーグルト。


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仕事は、今日はそんなに多くなかったけど、終わり間際にドドっと来た。一人で5・6個送ったり、大きな荷物送る人もいて、大変だった。残業は殆どしなかった。ある程度済ませたら他の人に任して帰った。時間過ぎてからの仕事はかなり疲れるもん。

夕食は、カットサラダ、ちんげん菜とシメジの和え物、キャベツのおかか和え、鶏モモと蒸し大豆のピリ辛煮、雑穀ご飯。


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食後に、紅茶、アップルパイ、ミカン。母親がトースターで温めようとして、焦がした。


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昨日は通院日だった。もう、先生と話したくなくて、それを精神保健福祉士の人と話そうとして、呼んでもらうようにしたのに、中々来なかった。前も相談したいことあるから呼んでもらうようにしたのに来ないことあったから、同じ手違いが2回目だったので、イライラして看護師さんについ怒鳴ってしまった。受付の人に、「相談員と話す予定だったんですね」と言われて、つい、「これで2回目ですよ、待たされるの! すっごい不愉快です!」と受付の人にも怒鳴ってしまった。その時は頭に来ていたし、手違いで待たされたことは今も不愉快に感じているから、相談せずに帰った。でも、怒鳴ってしまったことには悪かったなと思った。私も受付事務みたいな仕事してるから、受付や末端の人間に怒ったって意味ないし、怒られるのが辛いこと分かってるのにそういうことしてしまったことに自己嫌悪を感じた。それに、最近は無意味だと感じて先生に見せるノートに日記を書いてないけど、私は日記を、先生に自分のこと分かって欲しくて、疲れていても書いていたのに、ノートを見せなくても何も言わなかった。私は私なりに頑張ってた大事なものなのに、先生はそれを評価していなかったんだな、と感じたんで、一気に虚しくなった。

それに、この際だから言うけど、入院してる時に、新人の保険福祉士さんと、入院後の仕事について話した時、発達障害があると言ったら、「工場の仕事はどうですか?」と言われて、「ベルトコンベアーで運ばれる荷物を仕分けする仕事が難しかったので、無理かもしれない」と言ったら、「じゃあ、ペットボトルのキャップやラベルを取ったりする仕事はどうですか?」と言われた。その時は流したけど、バカにしてるのか? て怒鳴りたかった。別に、そういう仕事をしてる人をバカにする訳じゃない。でも、働ければなんでもいい、お金が稼げればなんでもいい、て訳じゃない。自分の能力が活かされて、やり甲斐や働きがいのある仕事をしたいのに。これなら、もっとキツくても、「社長も私の掃除したトイレを使っている」て言える清掃の仕事のが余程かやり甲斐のある仕事だよ。自慢になるほどじゃないけど、私TOEIC830あるから、もっと頑張れば簡単な翻訳とか通訳とかの仕事あるかもしれないのに、そういうの聞かずに、「発達障害は工場が向いてるから工場、それダメだったら、誰がやってもいいような簡単な仕事」みたいな発想で行くのかと思った。それにこの人のダメな所が、「とりあえず派遣もいいかな」と言ったら、「チラシ配りとかありますよね」と言われて、私は派遣でも、事務とか、英語を使った簡単な事務補助とかを考えていたのに、なんでそんな仕事が真っ先に出てくるの? て、もう、本当に、怒りもあったけど、悲しくなった。その人と話すまではリハビリとか頑張っていたのに、一気にやる気をなくした。まだ大学卒業したてで、人生で挫折したこともないような人だったから、精神障害者発達障害者は、「可哀想な人」にしか見えなくて、努力してないように見えても、努力してたり、病気になる前は社会で頑張っていたかもしれないのが分からないんだろうと思った。私が自殺するキッカケを作った人に言われたのが、「呉田さんは今まで何にも頑張って来なかったんだから、今から頑張らないと」と言われたのを思い出して、その時は泣いたし、今も思い出して泣いた。私は私なりに写真を撮ったり、小説を書いたりして頑張ってきたつもりだったし、病気、しかも誤診で、薬で苦しんできてそれどころじゃなかったのに、今までの人生を全否定された気になって物凄く悲しくなったのを覚えている。大学を卒業する時、薬漬けで卒論書くのだけで必死で、就職活動できなかった。それで、疲れていたから休みたかったのに、母親に「いつまでたっても働かない」と言われて、無理してキツいバイトに就いて悪化したのだが、そのこと恨みに思っていることを言ったら、「何回もネチネチ言われた訳じゃないんでしょ」「たった一回だけ言われたことを根に持って、そっちの方が恐ろしい」と「痛み」を否定されたことも思い出して、その時は苦しくなった。こういうこと言うと、「甘えるな」「逃げだ」「もっと苦しい人もいるんだぞ」とか言われるかもしれないけど、私の20歳前半から30歳前半までの10年間は、統合失調症だと誤診されて、発達障害に気づかれず薬で苦しんできた。救ってくれるはずの医者に人生をメチャクチャにされて、恨みたくて怒りたくて叫びたくて仕方ないのに、それを我慢しなきゃいけなくて、すごく辛い。怒りをぶつける対象がどこにもなくてすごく苦しい。

昨日は自己嫌悪と、そういう、今まであった嫌なことを思い出したり、怒りや悲しみでグチャグチャになって死にたくなった。発達障害者だから、精神障害者だから、馬鹿にされても見下されても憐れまれても我慢しなきゃいけないのかとか考えて悔しくもなった。最近、病院に行くたびに嫌な気分になって、なんで良くなるために病院行ってるのに、嫌な気分にならなきゃいけないんだろう? どうして病院に行かなきゃいけないようになっちゃったんだろう? と、またグチャグチャ考えて、帰るまでずーっと泣いてたし、帰っても泣いてた。流石に母親が気づいたから、話を聞いてもらったし、結構追い詰められて、ツイッターに「死にたい」って呟いたら、心配してくれる人がいたから、死ぬのはやめたけど、今も昨日の気持ちを思い出して涙が出てきた。こういうのがいつまでも続くのかと思ったら、すごく辛い、苦しい。生きていてもいいことなんか何にもないとしか考えられない。叫びたい。


野菜の摂り方のブログを8分間筆写。


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英文法のブログを8分間筆写。


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