死にぞこないの唄

一度死にかけて帰ってきました。

CBM その2

ブレ様自伝翻訳いきます! もし自伝読んだ方で、ここはこういう意味だよ、とか、間違ってるよ、というのであればどうぞ教えてください。

 

 面白いのは、物を書くということが、僕に広げられた真実の在り様について考えさせたことだ。どれだけ勇敢に事実に忠実であろうとしても、一つの視点からしか見れないからだ。興味深いことなのだけれど、自分の周りにいる人は違う視点から見ているかもしれないし、同じ視点から見ていたとしても、違う解釈をすることもある。重要なのは、絶対的な真実なんてないことを理解することだ。あるのはただの遠近画なのだ。確かに、物を書くというのは経験を捻じ曲げ、あの遠く離れた廊下を再度通り、不思議とその廊下のそれぞれのポイントに僕は飛び込むことなのだ。息もつけない愛の身震い、潰れるような死と喪失の痛み、そういった感覚を再体験した。いくつかの章での言葉を構築するのは、とても辛いことで、その時には涙が溢れた。読み通してみると、僕は吐き気がするような嫌な奴か、情けない依存心の強い奴に思われた。僕も自身を未熟で不安げな魂に見えた。おそらくそうだったし、今でも時々そうだろう。でも、少なくとも、正直だった。僕たちが人生を乗り越えていくのは、恥ずかしくべたべたとした道筋を後にしながらだ。それはしばしば、僕たちがやってきたことがひどい滅茶苦茶であることを理解したという表れであるだけの時なのだ。

 勿論、僕を脅かす世界に導くものがやってくることがある。僕が、僕について回るであろうゴシップについて楽しみにしているとは言えない。自分をあけっぴろげにさらけ出すことを怖がるのは自然なことだし、僕はそれをずっとやってきた。奇妙なことに、僕はこれを読んだことのない人の反応より、読んだ人の反応に、より無関心になった。誤解や情報不足からくる決めつけは少し恐れているけれど。僕が何年もかけて学んだのは、どんなに注意深く周りを歩いても、空気の広告のより良い点を否定しながら、いじめっ子と豚が見出しになるように、周りを押しのけて前に進んで行く人がいることだ。この不均衡は、きっと僕が素晴らしい慈悲と共に受け入れなければならないであろうことで、それは僕のプロセスの残念な部分だ。不安にかられながら、どうして僕は困りものなのだろうと読者は自問するだろうし、僕も何回も同じ質問を自分にしてきた。でも僕に辛抱してくれるなら、説明みたいなものをするようにゆっくりとだけれど進んでいく。それは勿論、僕がずっと自分を否定してきた感情を湧き立たせた。そして必然的に現在の僕の作曲への糸筋に絡んできた。それだけにおいては、価値があることだった。僕が書いた新しい二枚のアルバムは、まさしく家族と血族の感情についてのもので家族関係に満たされたものだった。そういう反芻は僕を僕のプロセスを明らかな結末にしようとすることに導いた。この本を書いている時、本を出すことなんて解らなかったし、よくあるように、だれかが特にこの本を出版することに興味を持つかどうかという本当に解らなかった。こんなにも価値のある、年とったミュージシャンの決まりきったインタビューがある。想像力のないバンドメンバーがどのように自分たちが自分達のためだけに音楽を作っているのかを自慢げにしている。もし誰かが興味を持てば、それはまさにボーナスだ。僕が言い換えるなら、僕ははっきりと一人の人間のために書いている。―――僕の息子だ。もし誰かが興味を持てば、それこそがボーナスだ。彼が大人になった時、もしかしたら実際僕はいないかもしれない。でも、少なくとも彼にはこの本があって、その本が彼の父親がどういう人間か、彼の一生を通じる情熱と欠乏、そして最終的には僕ら二人がどこからきたのかという物語について、少しだけ真実を加味するだろう。僕は僕自身の父親についてよく考えた。もう父は他界していて、彼が本当はどういう人間だったかじっくりと考え、記憶の小さな欠片を引き出し、僕がきっと少し悪いであろう、父の人格構成の死骸から骨を骨を拾い上げることをした。もし僕にこの本のような父と父の人生の書類があれば、僕はそれを宝物にするだろう。上手く行けば、息子が興味を持ちついに支度が整えば、いつの日かこの本を手に取り知るだろう。彼の父親が愛し、失い、戦い、感じたことを。できれば、それが彼にとって何か意味を成しますように。

 

これで序文終わり! ひー!三ページ訳すのに三時間もかかった! でも前は二ページ三時間だったから進歩だよね☆