死にぞこないの唄

一度死にかけて帰ってきました。

「「魔女狩り」狩り」

こんにちは、呉田美歌です。お久しぶりです。

今回はネットで気になることがあるので書かせていただきます。

リアリティー番組に出ていた若い女性がネットでの誹謗中傷を苦に自殺されました。それはとても同情しますし、痛ましい事件であり、被害者のご冥福をお祈りします。これから書くことはこの事件に直接関係することではないことを断っておきます。

SNSではこれを機に今まで誹謗中傷を受けていた著名人達が「誹謗中傷をやめよう」と声を上げています。その気持ちはよく分かります。私の場合は自業自得ですが、昔ネットでボッコボコに非難され、そのショックが未だに後を引いているので、それがどれだけ辛いかわかるつもりです。著名人となればそれが何か発言する度にあるのですから、心労は余り有ります。

ですが、なんか私には著名人の声やそれに賛同する人達に賛成しきれず、それどころか一種の不快感を感じてしまい、それは何故なんだろう、と考えました。

1つは、Twitterでも少し触れたのですが、何か事件が起こると、普段なんも考えずに人に石を投げてる連中が、「人に石を投げるのは良くない」と言われたら、「そうだね! それは良くない!」と思考停止して、他の石を投げている人に石を投げ出す光景に恐怖を覚えたからでしょう。何か大きな流れに何も考えずに身を投じ流されていく。戦争もこうやって起きたんだろうな、と感じました。

次に著名人が誹謗中傷への批判をしているのになんか不快感と違和感を感じるのは、多分、自分たちが受けた傷を拡大化し、それによりあたかも自分を正義の立場に置いているのか、と感じたからでしょう。そしてそれがどんどん拡大していくのに嫌悪感も。

「私は〇〇されて傷ついた。だから〇〇をやめろ」

今回はやめろと言っている行為(誹謗中傷)の悪質さと、されて傷ついた被害がはっきりしているのでいいですが、これが例えば、「〇〇アニメや〇〇漫画でステレオタイプな女性しかいないことに傷ついた。だからステレオタイプな女性を表現するのはやめろ」となったらどうでしょう。こういった言説はSNS上にいくらでもあります。今回の誹謗中傷の件とは違うんですけど、その言い方がなんか引っかかって、何故だろうと考えていたら、私が日々見ているツイフェミと呼ばれる人達の論理展開と似てるから、その言い方に不快感を感じたんだろうなと思います。

また、特に誹謗中傷されやすい芸能人の文章から意地の悪い私が感じたのは、

「自分はいつも人から迫害されてる可哀想な真っ白無実の被害者なんです」

という、私の大嫌いな「自純化思考」でした。

今回のSNSの不特定多数の誹謗中傷の件に関しては、確かに彼らは被害者です。ですから声を上げるのはいいことです。ですが、世の中に真っ白無実の何の落ち度もない純度100%の被害者なんて存在しません。どんな被害者にも落ち度はありますし、それに、今回のSNS上での誹謗中傷の件以外では、自分が加害者になっている可能性だってあるのです。また、

「自分は何があっても誹謗中傷や叩きをしない清廉潔白な人間です」

という立場から言っているように感じるんですよねー。意地の悪い深読みしてすみません。

前にテレビでマツコが、加熱するネットでの芸能人の不倫叩きの話題になった時、

「こういう仕事してなくて一般人で、身近にネットがあったら(ネットでの叩きを)やってたかも」

と言っていて、やっぱりこの人は違うなと感じました。

そうなんです。誰もが誹謗中傷をする可能性があるんです。今「可哀想な被害者」面している著名人も、何かあって落ちぶれて楽しいことも何もなくて、何かの切っ掛けでネットでの誹謗中傷に走ることになるかもしれません。

冒頭の女性を自殺に追いやった誹謗中傷者達を誹謗中傷する向きができているらしいですが、それがいい例でしょう。誰だって暗黒面に落ちる可能性はあるのです。

私はかなり偉そうな言い方や口汚い言い方をしますが、唯一気を付けているのが、

「私は品性下劣で下種な人間です」

ということを忘れず、隠さないことです。私が聖人君子だから言っているとは絶対に言いません。

だから、著名人の「私はそんなこと間違ってもしないいい子ちゃんだから」という言い方に不快感を感じるんだと思います。ネット上での誹謗中傷はしてなくても、不倫や麻薬やセクハラやパワハラやイジメ、いびりをやってんじゃない? と下衆の勘ぐりをしてしまいます。

以上が私が感じた違和感や不快感の正体についてダラダラも考察してみました。お目汚し失礼しました。